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HS-SPME Arrow-GC-MSによる飲料水中の揮発性有機化合物と臭気化合物の高精度分析

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概要

飲料水中の揮発性有機化合物(VOCs)の検査は、その安全性を確保するために広く行われています。さらに、メチルイソボルネオール(MIB)やジェオスミンといった臭気物質は、不快なにおいの原因として注目されており、分析対象とされています。本研究では、通常は別々に行われるVOCsと臭気物質の分析手法を統合し、高いサンプルスループットを実現する方法の開発を目的としています。

固相マイクロ抽出(SPME)Arrowは、サンプル前処理とサンプル導入を1つの装置で行うことが可能であり、特に有用な手法です。また、SPME Arrowはレール型オートサンプラーを用いて自動化が可能であり、サンプル前処理に要する時間を大幅に短縮することができます。本研究では、簡素化されたサンプル前処理ワークフローと、ヘッドスペース-固相マイクロ抽出-ガスクロマトグラフィー-質量分析(HS-SPME-GC-MS)を組み合わせることで、飲料水中のVOCsおよび臭気物質を効率的に測定する手法を提案しました。

この手法は、0.923~0.999(平均:0.998)の決定係数(r²値)を達成する検量線範囲を示し、2~27%(平均:6%)の相対標準誤差(%RSE)、および2~15%(平均:4%)の再現性(RSD値)を達成しました。また、定量限界(LOQ)は0.0029~3.033 ng/mL(平均:0.223 ng/mL)と良好な結果が得られました。

はじめに

水中の揮発性有機化合物(VOCs)は、その毒性や人体への影響が知られていることから、検査が一般的に行われています。一方、2-メチルイソボルネオール(MIB)やジェオスミンといった臭気化合物は健康へのリスクはありませんが、土臭さやカビ臭さを伴う不快な味や臭いの原因となるため、これらも検査対象として重要視されています[1]。通常、VOCと臭気化合物の分析は2つの別々の方法で行われますが、これらを統合することで、分析のスループット向上やラボの効率化が期待できます。本研究では、ヘッドスペース-固相マイクロ抽出-ガスクロマトグラフィー-質量分析(HS-SPME-GC-MS)を用いて、水中のVOCおよび臭気化合物を効率的に定量するアプローチを提案します。

実験

VOCおよび臭気化合物溶液の調製

メソッドの開発には、Restek社製の飲料水臭気標準溶液 (cat# 30608) およびカスタムVOC標準溶液 (「Restekのカスタムリファレンススタンダードによるワークフローのシンプル化と確実性の向上」参照)を使用しました。さらに、内部標準物質(ISTD)としてフルオロベンゼン(cat# 30030)、1,4-ジオキサン-d8 (cat# 30614)、および 4-ブロモフルオロベンゼン(cat# 30026)の3種類を選択しました。VOCおよび臭気化合物の校正点ごとに、メタノールを用いて個別の作業標準溶液を調製し、メソッド検出限界(MDL)を決定しました。本メソッドでは、20 mLのヘッドスペース(HS)バイアルを使用し、最終的なサンプル量を5 mLとしました。校正濃度およびMDL確認用濃度を決定した後、目的の最終濃度に達するよう作業標準溶液10 µLを添加するための濃度を計算しました。
作業標準溶液の濃度およびそれに対応する校正濃度については、Table IおよびTable IIを参照してください。

Table I: VOCの校正濃度と作業溶液濃度

VOCs 
濃度のレベル 校正濃度 (ppb, ng/mL) 作業溶液濃度  (ppb, ng/mL)
1 0.2 100
2 0.5 250
3 1 500
4 2 1000
5 5 2500
6 10 5000
7 25 12,500
8 75 37,500
9 200 100,000

 

Table II: 臭気化合物の校正濃度と作業溶液濃度

臭気化合物
濃度のレベル 校正濃度   (ppb, ng/mL) 作業溶液濃度  (ppb, ng/mL) 
1 0.001 0.5
2 0.002 1
3 0.004 2
4 0.008 4
5 0.016 8
6 0.032 16
7 0.064 32
8 0.128 64
9 0.256 128

 

選択した3種類の内部標準物質(ISTD)は、メタノールを用いて濃度10 µg/mL(ppm)の作業標準溶液として調製しました。校正用およびMDL確認用のサンプルを調製後、最終サンプル濃度が100 ng/mL(ppb)となるように、作業標準溶液50 µLを各サンプルに添加しました。

各化合物の検出限界(MDL)は、米国環境保護庁(EPA)[2]の規定に基づく手順に従い決定しました。この手順では、低濃度添加サンプル(VOCは0.002および2 ng/mL、臭気化合物は0.008 ng/mL)を用い、それぞれ7回(n=7)の繰り返し測定を実施しました。MDL確認用サンプルの添加濃度については、Table IIIを参照してください。得られた測定値の標準偏差に、Studentのt値(3.143)を乗じてMDLを算出しました。また、各化合物の定量限界(LOQ)は、MDL確認用サンプルの標準偏差を10倍(10×)することで決定しました。

Table III: MDL確認用サンプルの添加濃度のレベル

# 化合物
MDL確認用濃度  (ng/mL, ppb) 
1 Chloroethene 0.2
2 1,1-Dichloroethene 0.2
3 Dichloromethane 2
4 trans-1,2-Dichloroethene 0.2
5 MTBE 0.02
6 cis-1,2-Dichloroethene 0.02
7 Chloroform 0.02
8 Carbon Tetrachloride 0.02
9 1,1,1-Trichloroethane 0.02
10 Benzene 0.02
11 1,2-Dichloroethane 0.02
12 Trichloroethene 0.02
13 1,2-Dichloropropane 0.02
14 Bromodichloromethane 2
15 1,4-Dioxane 0.02
16 cis-1,3-Dichloropropene 0.02
17 Toluene 0.02
18 Tetrachloroethene 0.02
19 trans-1,3-Dichloropropene 0.02
20 Dibromochloromethane 0.02
21 m,p-Xylene 0.02
22 o-Xylene 0.02
23 Bromoform 0.02
24 1,2-Dichlorobenzene 0.02
25 2-Methylisoborneol 0.008
26 Geosmin 0.008

 

HS-SPME Arrow-GC-MS パラメータ

すべての結果は、HS-SPME Arrow-GC-MS を使用して得らたものです。HS-SPME Arrow、GC、および MS パラメータは、それぞれ Table IV、V、およびVIをご覧ください。

Table IV: HS-SPME Arrow パラメータ

CTC PAL パラメータ
サンプリングモード ヘッドスペース
SPME装置 1.10 mm SPME Arrow (cat.# 28903-1)
SPME相 120 µm CWR/PDMS
バイアル貫通深さ 45 mm
インジェクタ貫通深さ 50 mm
インキュベーション温度/時間   30 °C/120 s
抽出温度/時間 30 °C/120 s
脱着温度/時間 280 °C/1 min
平衡化温度/時間 280 °C
プレコンディショニング 1 min
ポストコンディショニング 0 min

 

Table V: GC パラメータ

Agilent 7890B/5977B GC-MS パラメータ
カラム Rtx-VMS– 30 m x 0.25 mm x 1.40 µm (cat# 19915)
注入モード スプリット (15:1)
注入量 CTC PALパラメータ参照
ライナー Topaz 1.8 mm ID Straight/SPME Inlet Liner (cat# 23280)
注入温度 280 °C
パージフロー 3 mL/min
オーブン 35 °C (hold 3 min) to 60 °C at 8 °C/min (hold 0 min) to 280 °C (hold 3 min) at 30 °C/min; Total time = 16.46 min
キャリヤーガス He, constant flow
流速 2.0 mL/min
検出器 HES - MS
モード SIM
トランスファーライン温度 260 °C
ソース温度 325 °C
クワッド温度 200 °C
取得範囲 29 - 300 amu
レート 5.1 scans/sec

 

Table VI: MS SIMパラメータ

5977B MS SIM パラメータ  
グループ番号 開始時間 質量、Dwell Time
Group 1 0 min (62, 30) (64, 15)
Group 2 1.8 min (61, 15) (96, 30)
Group 3 2.3 min (49,30) (57, 30) (61, 30) (73, 30) (84, 30) (96, 30)
Group 4 3.5 min (61, 30) (96, 30)
Group 5 4.3 min     (47, 30) (61, 30) (82,30) (83, 30) (97, 30) (117,30)
Group 6 4.9 min (52 ,30) (78, 30)
Group 7 5.3 min (49, 30) (62, 30) (70, 30)
Group 8 6.2 min (63, 30) (76, 30) (83, 30) (129, 30)
Group 9 6.75 min (57, 15) (64, 15) (88, 15) (96, 15)
Group 10 7.1 min (65, 30) (75, 30) (91, 30) (110, 30)
Group 11 7.6 min (75, 30) (79, 30) (110, 30) (129, 30) (166, 30)
Group 12 8.4 min (91, 30) (93, 30) (106, 30) (173, 30)
Group 13 9.1 min (95, 30) (174, 30)
Group 14 9.6 min (111, 30) (146, 30)
Group 15 10.5 min (95, 30) (107, 30) (135, 30)

結果と考察

Figure 1に、揮発性有機化合物(VOC)および臭気化合物の分離結果(クロマトグラム)を示します。また、メソッドの性能に関する詳細はTable VIIを参照してください。VOCの検量線範囲は0.2~200 ng/mL、臭気化合物の検量線範囲は0.001~0.256 ng/mLでした。検量線は各ターゲット化合物ごとに評価され、化合物ごとに検量線範囲が異なる結果となりました。これらの差異は、SPME Arrowの吸着相容量および化合物ごとの抽出率の違いに起因していると考えられました。

検量線の決定係数(r²値)については、0.923~0.999の範囲(平均0.998)を示しました。また、各検量線の精度を評価するため、校正濃度ごとの実測値と検量線の予測値を比較して、相対標準誤差(%RSE)を算出しました。その結果、全体の%RSEは2~27%(平均6%)であり、2つの外れ値としてジクロロメタン(18%)および1,4-ジオキサン(27%)が確認されました。その他の化合物の%RSEは2~10%の範囲内に収まっていることが確認されました。

メソッドの再現性は、7回の繰り返し注入による分析から評価され、相対標準偏差(%RSD)は2~15%(平均4%)でした。この結果は、一般的なメソッド受容基準である±30%以内であり、さらに、各化合物の定量限界(LOQ)は0.0029~3.033 ng/mL(ppb、平均0.223 ng/mL)であることが明らかとなりました。

HS-SPME Arrow-GC-MSによる飲料水中のVOCと臭気化合物の分析 

Figure 1: HS-SPME Arrow-GC-MSによる飲料水中のVOCと臭気化合物の分析

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GC_EV1517

 

Table VII: メソッド性能

ピーク番号 化合物 保持時間(分) 検量線範囲  (ng/mL, ppb)  検量線フィットと重み付け r2 %相対標準誤差 (%RSE) LOQ メソッドの再現性 (%RSD)
1 Chlorethene1 1.20 0.2-25 Quad., 1/x2 0.999 4% 0.078 4%
2 1,1-Dichloroethene1 2.07 0.2-25 Quad., 1/x2 0.991 9% 0.124 6%
3 Dichloromethane1 2.63 2-200 Quad., 1/x2 0.999 18% 3.033 15%
4 trans-1,2-Dichloroethene1 2.80 0.2-25 Quad., 1/x2 0.999 2% 0.035 2%
5 MTBE1 2.94 0.2-10 Quad., 1/x2 0.999 3% 0.059 3%
6 cis-1,2-Dichloroethene1 4.15 0.2-25 Quad., 1/x2 0.999 4% 0.056 3%
7 Chloroform1 4.50 0.2-25 Quad., 1/x2 0.998 5% 0.063 3%
8 Carbon Tetrachloride1 4.61 0.2-25 Quad., 1/x2 0.999 4% 0.058 3%
9 1,1,1-Trichloroethane1 4.70 0.2-25 Quad., 1/x2 0.997 8% 0.06 3%
10 Benzene1 5.18 0.2-75 Quad., 1/x2 0.998 5% 0.004 2%
11 1,2-Dichloroethane1 5.46 0.2-25 Quad., 1/x2 0.999 4% 0.009 4%
12 Trichloroethene1 5.96 0.2-75 Quad., 1/x2 0.999 4% 0.097 5%
13 1,2-Dichloropropane1 6.58 0.2-75 Quad., 1/x2 0.996 9% 0.05 2%
14 Bromodichloromethane1 6.68 0.2-75 Quad., 1/x2 0.999 4% 0.05 2%
15 1,4-Dioxane2 6.76 2-200 Linear, 1/x2 0.923 27% 0.895 3%
16 cis-1,3-Dichloropentane1 7.27 0.2-200 Quad., 1/x2 0.997 5% 0.041 2%
17 Toluene1 7.45 0.2-25 Quad., 1/x2 0.999 3% 0.123 6%
18 Tetrachloroethene1 7.73 0.2-25 Quad., 1/x2 0.999 2% 0.042 2%
19 trans-1,3-Dichloropropene1 7.79 0.2-200 Quad., 1/x2 0.997 5% 0.058 3%
20 Dibromochloromethane3 8.01 0.2-25 Quad., 1/x2 0.999 2% 0.047 2%
21 m,p-Xylene3 8.63 0.4-20 Quad., 1/x2 0.999 5% 0.564 14%
22 o-Xylene3 8.89 0.2-10 Quad., 1/x2 0.999 4% 0.139 7%
23 Bromoform3 8.94 0.2-75 Quad., 1/x2 0.998 4% 0.056 3%
24 1,2-Dichlorobenzene3 9.89 0.2-25 Quad., 1/x2 0.999 2% 0.045 3%
25 2-Methylisoborneol3 11.07 0.004-0.256 Quad., 1/x2 0.997 10% 0.005 9%
26 Geosmin3 12.17 0.004-0.256 Quad., 1/x2 0.996 10% 0.003 5%

ISTDリファレンス-フルオロベンゼン1、1,4-ジオキサン-d82、p-ブロモフルオロベンゼン3

結論

HS-SPME Arrow-GC-MSは、飲料水中の揮発性有機化合物(VOC)および臭気化合物を簡便に定量できる手法です。本研究の結果から、SPME Arrowがさまざまな化合物を多様な検出限界で定量できることが示されました。特に、臭気化合物は兆分率(ppt)レベルという極めて低濃度で検出可能であり、本手法が飲料水中の臭気化合物を測定するための有効なサンプリングおよび分析手法であることが確認されました。一方、今後の課題として、MIBおよびジェオスミンに対して、より適切な内部標準物質(ISTD)の選定が必要であることが示されました。

References 参考文献

  1. Cobb County-Marietta Water Authority (CCMWA), Geosmin and methyl-Isoborneol (MIB), online article, 2023. https://www.ccmwa.org/education/geosmin-and-methyl-isoborneol-mib
  2. United States Environmental Protection Agency (U.S. EPA), Definition and procedure for the determination of the method detection limit, revision 2, December 2016. https://www.epa.gov/sites/default/files/2016-12/documents/mdl-procedure_rev2_12-13-2016.pdf
EVAN4283-JP