PFAS一斉分析:LC-MS/MSによる革新的メソッド
超短鎖PFASを含む広範囲なPFAS一斉分析のメソッド開発
概要
様々な水質サンプル中のペルおよびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)は、環境中での安定性と持続性が高いため、人体や生態系に対する潜在的なリスクが懸念されています。そこで、水サンプル中に含まれるPFASを、簡略化された直接注入LC-MS/MS(液体クロマトグラフィー質量分析法)メソッドを用いて一斉 分析する新しい方法を開発しました。これにより、超短鎖、短鎖 、および長鎖PFASの効率的な一斉分析が可能となります。飲料水や環境水(非飲料水)中のこれら3つのPFASカテゴリーを同時に分析したい分析ラボに、このメソッドは最適です。
はじめに
逆相(RP)クロマトグラフィーを使用したPFAS分析メソッドは、短鎖(C4、C5)および長鎖(>C5)PFASの定量において確立された手法です。これらのメソッドは、適切な修正を加えることで、PFOAの代替化合物として注目されているHFPO-DA(GenX)やADONAといったPFASの分析にも適用可能です。さらに、このメソッドを用いて、短鎖PFASであるF-53Bの分析も可能となります。F-53Bは、中国で製造されるPFOSの代替物質であり、2つのポリフルオロアルキルエーテルスルホン酸成分である9Cl-PF3ONSおよび11Cl-PF3OUdSを含んでいます。これらの成分は、最新のEPA 537.1メソッドの分析対象です。しかし、このLCメソッドには、いくつかの限界もあります。特に、一般的な逆相(RP)カラムでは超短鎖(C2、C3)PFASを十分に保持できないという課題があります。
短鎖PFAS(PFBAおよびPFBS)が長鎖PFASの代替として使用されてきたのは、生物蓄積性が低く、毒性も低いとみなされていたからです。その結果、短鎖PFASの環境中における蓄積増加が認められる一方で、その後の研究によって明らかになったのは水性環境サンプル中にC2およびC3(超短鎖) PFASが広く分布していることでした[1,2]。超短鎖PFASには、トリフルオロ酢酸 (TFA)、ペルフルオロプロパン酸 (PFPrA)、ペルフルオロエタンスルホン酸 (PFEtS)、およびペルフルオロプロパンスルホン酸 (PFPrS) が含まれます。米国、フランス、日本で採取された雨や雪のサンプル中に最も多く検出される主要なPFASはPFPrA(検出可能なPFAS全体の最大45%を占める)であることが示されています[3]。現在までのところ、これらの超短鎖PFASの汚染源と濃度に関する明確な同定はありません。ただし、最近の研究の報告によれば、米国の11の軍事基地で、消防訓練によく使用される水性膜形成フォーム(AFFF)と地下水からPFEtSとPFPrSが検出されています[4]。このことはAFFF消火泡が超短鎖PFASの主要な発生源の一つである可能性を示唆しており、今後の汚染源特定において重要な手がかりとなるでしょう。
現在、超短鎖PFASと短鎖PFASおよび長鎖PFASを同時に分析できる方法はほとんど存在していません。この分析課題に取り組むために 、さまざまな水サンプル中のC3、C4、C8、および代替型PFASを含む、幅広い鎖長と構造のPFASを同時に定量する手順を検討しました。
実験
サンプル前処理
ポリプロピレン製バイアルに、各水質サンプル250 µLに対して超純水:メタノール 40:60の溶液250 µLおよび内部標準溶液5 µL(メタノール中の5 ng/mL の13C2-PFHxA, 13C2-PFOA, 13C4-PFOS)を加えて混合しました。バイアルをポリエチレン製キャップで密閉し、分析に使用しました。
校正用標準試料および品質管理(QC)サンプル
校正用標準溶液は、超純水(Optima LC-MS水)を使用し、5~400 ng/Lの範囲で10種類のPFAS分析成分を添加して調製しました。これらの校正用標準溶液は、上記のサンプル前処理手順と同様に処理されました。
添加水質サンプル
Restek施設で採取した水道水サンプルと、米国環境保護庁(U.S. EPA)から提供された3種類の水質サンプル(シカゴの河川水、地下水、公的機関運営の排水処理施設(POTW)排水)がこの実験で使用されました。各水質サンプルには、バッチごとにn=2で10ppt(PFPrAについては20ppt)と80pptの既知濃度となるよう成分を加え、合計3つのバッチが調製され、異なる日に分析されました。ブランク水質サンプルおよび添加水質サンプルもサンプル処理前処理手順に従い処理され、分析および定量されました。
装置の条件
短鎖PFASおよび長鎖PFASと超短鎖PFASの同時LC-MS/MS分析は、Raptor C18分析カラムとSCIEX 4500 MS/MSに接続された島津Nexera X2 HPLCを使用して実施されました。いかなる装置由来のPFASとサンプル中のターゲット成分との共溶出を防ぐため、ポンプミキサーとインジェクターの間にPFASディレイカラム (cat.# 27854)を取り付けました。装置の条件は以下の通りで、分析成分のトランジションはTable Iに記載されています。
分析カラム: | Raptor C18 2.7 µm, 100 mm x 3.0 mm (cat.# 9304A1E) | |
ディレイカラム: | PFAS delay column (cat.# 27854) | |
移動相A: | 5 mM酢酸アンモニウム水溶液 | |
移動相B: |
メタノール |
|
グラジエント | 時間 (分) | %B |
0.00 | 20 | |
7.00 | 95 | |
9.00 | 95 | |
9.01 | 20 | |
11.0 | 20 | |
流速: | 0.25 mL/min | |
分析時間: | 11 min | |
注入量: | 10 µL | |
カラム温度: | 40 °C | |
イオン化モード: | Negative ESI | |
イオンスプレー電圧: | -2000 | |
ソース温度: | 450 °C |
Table I: 短鎖PFASおよび長鎖PFASと超短鎖PFASの同時LC-MS/MS分析におけるイオントランジション
ピークID |
化合物 |
プレカーサイオン |
プロダクトイオン |
内部標準 |
---|---|---|---|---|
1 |
PFPrA |
162.9 |
119.0 |
13C2-PFHxA |
2 |
PFBA |
212.8 |
169.0 |
13C2-PFOA |
3 |
PFPrS |
248.8 |
79.6 |
13C2-PFHxA |
4 |
PFBS |
298.8 |
79.9 |
13C2-PFHxA |
5 |
13C2-PFHxA |
314.9 |
270.0 |
— |
6 |
HFPO-DA |
285.0 |
168.9 |
13C2-PFOA |
7 |
ADONA |
376.9 |
250.7 |
13C2-PFOA |
8 |
PFOA |
413.1 |
368.9 |
13C2-PFOA |
9 |
13C2-PFOA |
415.0 |
370.0 |
— |
10 |
PFOS |
498.8 |
80.0 |
13C4-PFOS |
11 |
13C4-PFOS |
503.0 |
80.0 |
— |
12 |
9Cl-PF3ONS |
530.8 |
350.7 |
13C4-PFOS |
13 |
11Cl-PF3OUdS |
630.7 |
451.0 |
13C4-PFOS |
結果と考察
クロマトグラフィー性能について
分析対象成分のピーク形状、保持時間、強度は、超純水サンプルと環境水サンプルで類似していました。すべての環境水サンプルでPFPrAシグナルのベースラインが高くなりましたが(Figure 1)、PFPrA のピーク解析および定量に悪影響はありませんでした。2倍希釈で調製したすべての水質サンプルで、マトリックス由来の干渉は観察されませんでした。
Figure 1: 超純水サンプルと環境水サンプル中の短鎖PFASおよび長鎖PFASとLC-MS/MS同時分析をおこなった超短鎖PFASに関して、良好なクロマトグラフィーのピーク形状と適切な保持時間が得られました(ピークリストと分析条件を含む完全版はPDFでダウンロード可)。
80 ppt 超純水標準溶液
80 ppt 添加地下水サンプル
直線性
短鎖PFASおよび長鎖PFASと超短鎖PFASを同時に分析するこのLC-MS/MSメソッドでは、PFPrAは10~400 ppt、その他の分析対象成分は5~400 pptの検量線範囲でした。すべての化合物の直線性を示す指標は、r値0.999以上、偏差20%未満という許容可能な値でした。11Cl-PF3OUdSという分析対象成分だけは、二次回帰(1/x重み付け)標準曲線を用いて定量されました。その他の分析対象成分はすべて1/x加重直線回帰を用いて定量されました(Figure 2)。
Figure 2: 標準曲線
精度と再現性
ブランク水質サンプルから、PFPrS、ADONA、HFPO-DA、9Cl-PF3ONS、11Cl-PF3OUdSは検出されませんでしたが、さまざまなレベルのC3、C4、C8 PFASが検出されました(Table II)。精度(回収率)の確認では、ブランクサンプル中PFASの濃度を考慮し、添加サンプル中PFASの測定値を補正しました。合計3つの分析バッチを異なる日付で測定し、それぞれのデータを集計して精度と再現性を算出しました(Table III参照)。本手法の精度は、水質サンプル中の添加サンプルおよび定量下限(LLOQ)レベルの両方において、回収値が公称濃度の20%以内であることが示されました。また、相対標準偏差(%RSD)は15%未満であったことから、許容範囲の再現性が得られることが明らかとなりました。
Table II: ブランク水質サンプル中のPFAS濃度
検出濃度 (ng/L) | ||||||||||
PFPrA |
PFBA |
PFPrS |
PFBS |
HFPO-DA |
ADONA |
PFOA |
PFOS |
9Cl-PF3ONS |
11Cl-PF3OUdS |
|
水道水 |
ND |
1.1 |
ND |
ND |
ND |
ND |
ND |
ND |
ND |
ND |
河川水 |
ND |
1.6 |
ND |
ND |
ND |
ND |
ND |
ND |
ND |
ND |
地下水 |
9.0 |
3.4 |
ND |
2.6 |
ND |
ND |
ND |
ND |
ND |
ND |
POTW排水 |
11.7 |
10.6 |
ND |
3.0 |
ND |
ND |
15.0 |
6.0 |
ND |
ND |
Table III: 精度と再現性
濃度 (ng/L) |
平均 %精度 (%RSD) | ||||||||
水道水 |
河川水 |
地下水 |
POTW排水 |
超純水 |
|||||
10* |
80 |
10* |
80 |
10* |
80 |
10* |
80 |
5** |
|
PFPrA |
96.9 (11.0) |
105 (3.91) |
105 (6.57) |
95.4 (6.84) |
92.0 (9.54) |
99.4 (7.40) |
94.2 (5.29) |
87.2 (8.18) |
103 |
PFBA |
99.3 (9.19) |
108 (1.81) |
108 (5.20) |
110 (1.70) |
104 (8.21) |
108 (6.68) |
108 (8.12) |
97.1 (8.17) |
97.9 |
PFPrS |
100 (4.24) |
107 (3.14) |
103 (6.71) |
105 (2.64) |
105 (8.48) |
109 (6.68) |
109 (5.65) |
103 (9.28) |
99.1 |
PFBS |
101 (5.20) |
106 (1.84) |
99.7 (7.54) |
105 (2.10) |
100 (6.57) |
106 (2.82) |
103 (1.93) |
97.8 (5.85) |
96.0 |
HFPO-DA |
96.2 (7.86) |
102 (4.64) |
96.2 (4.99) |
105 (3.94) |
95.0 (3.59) |
101 (8.92) |
92.9 (4.87) |
90.3 (7.77) |
99.3 |
ADONA |
101 (6.23) |
106 (3.82) |
97.6 (6.36) |
106 (2.32) |
98.4 (2.68) |
105 (4.08) |
98.2 (7.09) |
98.2 (7.09) |
102 |
PFOA |
105 (8.65) |
105 (3.70) |
108 (12.1) |
107 (3.63) |
108 (9.66) |
105 (5.26) |
99.9 (10.5) |
94.5 (7.24) |
100 |
PFOS |
99.3 (2.10) |
108 (4.24) |
112 (1.87) |
107 (4.93) |
101 (2.96) |
102 (2.31) |
104 (4.46) |
98.3 (5.82) |
94.3 (8.85) |
9Cl-PF3ONS |
95.6 (4.60) |
106 (5.93) |
105 (5.37) |
110 (8.20) |
97.2 (4.52) |
107 (7.41) |
101 (6.52) |
99.8 (4.89) |
98.8 |
11Cl-PF3OUdS |
114 (8.78) |
112 (8.91) |
102 (15.0) |
91.5 (2.34) |
96.7 (5.99) |
105 (15.2) |
115 (2.67) |
103 (8.45) |
105 |
*PFPrAは20 ng/L
**PFPrAのLLOQは10 ng/L
結論
新たに開発された堅牢なLC-MS/MSメソッドを使えば、簡略化された直接注入法で、さまざまな水サンプルマトリックスにおいて、多様な鎖長および構造のPFASを定量することが可能です。Raptor C18 (2.7 µm) 100 x 3.0 mm カラムと PFAS ディレイカラムを使用した分析メソッドが迅速で確固たるもので、許容範囲内の精度と再現性を持つ感度があることが証明されています。このメソッドは、飲料水および環境水の検査において、超短鎖PFASの分析を含む、膨大な量のPFAS化合物について報告する必要がある分析ラボに適しています。
参考文献
- S. Taniyasu, K. Kannan, L.W.Y. Yeung, K.Y. Kwok, P.K.S Lam, N. Yamashita, Analysis of trifluoroacetic acid and other short-chain perfluorinated acids (C2-C4) in precipitation by liquid chromatography-tandem mass spectrometry: comparison to patterns of long-chain perfluorinated acids (C5-C18), Anal. Chim. Acta. 619 (2008) 221-230.
- J. Janda, K. Nodler, H-J. Brauch, C. Zwiener, F.T. Lange, Robust trace analysis of polar (C2-C8) perfluorinated carboxylic acids by liquid chromatography-tandem mass spectrometry: method development and application to surface water, groundwater, and drinking water, Environ. Sci. Pollut.R. 26 (2018) 7326-7336.
- K.Y. Kwok, S. Taniyasu, L.W.Y. Yeung, M.B. Murphy, P.K.S. Lam, Y. Horii, K. Kannan, G. Petrick, R.K. Sinha, N. Yamashita, Flux of perfluorinated chemicals through wet deposition in Japan, the United States, and other countries, Environ. Sci. Technol. 44 (2010) 7043-7049.
- K.A. Barzen-Hanson, J.A. Field, Discovery and implications of C2 and C3 perfluoroalkyl sulfonates in aqueous film-forming foams and groundwater, Environ. Sci. Technol. Lett. 5 (2015) 95-99.