インラインサンプル前処理のメソッド開発
インラインサンプル前処理(ILSP)は、自動サンプルクリーンアップを可能にし、QuEChERS またはSPEなどの時間がかかる手動プロセスにとってかわることができます。Restek Revive ILSPカートリッジは2次元LCアプリケーション用に構成されたシステムに取り付けます。ILSPカートリッジは共抽出されたマトリックス成分を保持しますが、その後カートリッジを洗浄溶媒でバックフラッシュすることで除去されます。分析中にバックフラッシュをおこなうため、ILSPカートリッジは次の注入までに新しいサンプルをクリーンアップする準備が整い、サンプルスループットを大きく増大することが可能な極めて効率の良いワークフローを作り出します。Revive ILSPクリーンアップはきわめて効果的であり、時間と費用を節約するために簡単な固液抽出と組合わせることができます。 ここでは、この効果的な手法の利点をご理解いただけるように、インラインサンプル前処理のメソッド開発をおこなう際の簡単な手順について詳しく説明します。
システムの構成要件
ILSPアプローチを使用するには、バイナリポンプまたはクォータナリポンプ、ニードル内洗浄が可能なオートサンプラー、カラムコンパートメント、および検出器を備えたHPLCが必要です。 図.1に示すように、ILSPのセットアップに対応できるシステムには次のものが求められます:
- 洗浄溶媒をILSPカートリッジに送ることができる独立したイソクラティックポンプ。
- 洗浄ステップ中にILSPカートリッジへの溶媒の流れをコントロールするための6ポート、高圧スイッチングバルブ。
機器のセットアップについてサポートが必要な場合は、機器メーカーにご相談ください。
図 1: ILSP対応HPLCのシステム構成
メソッド開発
その他のサンプル前処理手法と同様に、サンプルマトリックスや分析種が変わる毎にILSP条件を評価する必要があります。 以下の「分析種パススルー」アプローチを使用して、インラインサンプル前処理メソッド開発をおこない、個々のアッセイに最適なILSPメソッド条件を決定します。
分析種パススルーアプローチでは、Revive ILSPカートリッジを使用して、妨害マトリックス成分を保持しながら分析種を溶出させます。全ての分析種がILSPカートリッジを通過して分析カラムへ入ると、6ポート、高圧バルブのポジションが切り替わります。そしてILSPに保持されていたマトリックス成分は、独立したポンプを使って送液される洗浄溶媒で廃液ラインへと排出されます。次の手順で特定のメソッドに適切なバルブ切換えのタイミングと洗浄溶媒条件を決めます。
注記: 以下では、マトリックスおよび分析種のための適切なクロマトグラフィーメソッドがすでに決まっていることを前提としています。分析メソッドが存在しない場合は、分離を確立してから進める必要があります。
ステップ 1: カラムロード - ILSPカートリッジから分析種が溶出しきる時間の確立
このステップは、全ての分析種がRevive ILSPカートリッジから溶出するのにかかる時間を確認するためのものです。サンプルがILSPカートリッジから分析カラムへ移動する時間、つまり最初のバルブスイッチングイベントまでの時間が決まります。
- 図2に示すように、分析カラムの代わりにユニオンを使用して6ポート切り替えバルブをセットアップします。
- 分離クロマトグラフィー条件の既存移動相とグラジエント条件を用いて、ILSPカートリッジに分析種の標準溶液(マトリックスなし)を注入します。必要に応じてMRMウィンドウを調整してください。
- 得られたクロマトグラムで最後に溶出する分析種を見つけます。この分析種が完全に溶出しきる時間が、分析カラムへのロードポジションからILSPの洗浄ポジション(ステップ2の図3参照)へ切り替えることができる最短の時間になります。ロット間によるカラム保持のわずかな変動を考慮し、最後に溶出する分析種が完全に溶出しきる時間に10~20秒加えます。
図 2: ステップ1のバルブポジションとシステム構成
ステップ 2: ILSPの洗浄 – 洗浄溶媒組成と条件の確立
インラインサンプル前処理メソッド開発の2番目のステップは、適切な洗浄溶媒組成と最適な流量条件およびバルブスイッチングのタイミングを決定することです。これは1回の注入で保持されたマトリックス成分が、次の注入の前にRevive ILSPカートリッジから確実に洗い流されるようにするためのものです。
- 最初の洗浄溶媒として、2mMギ酸アンモニウムと0.1%ギ酸を含むメタノール溶媒を作成します。これは多くのアプリケーションに適していますが、以下に説明するように、最初の結果に基づいて他の洗浄溶媒の検討が必要となる場合もあります。
- 簡単にするために、移動相Bを調製した洗浄溶媒に置き換えます(図3)。
- 流量を1mL/minにし、ILSPカートリッジにマトリックスブランクを注入します。
- フルスキャンモード、または特定のマトリックスイオンが既知の場合は、選択イオンモニタリング(SIM)モードでマトリックスをモニターします。
- トータルイオンクロマトグラム(TIC)がベースラインに戻るのに必要な時間に注意してください。これは、モニターしているマトリックスが完全にILSPカートリッジから洗い流されたことを示します。
- これはマトリックス成分をトラップしたILSPカートリッジを完全に洗い流すために必要な時間であり、トータル分析サイクルタイムと比較する必要があります。
- 分析時間の終了前にマトリックスがILSPカートリッジから完全に洗い流されている場合(図4)、洗浄メソッドのさらなる最適化は必要ないと考えられます。つまり、実際の分析中にILSPカートリッジを通る洗浄溶媒(ポンプC)の流量を制御する2番目の独立したポンプを使って、全体的なメソッドにプログラムすることができます。
- ILSPカートリッジからマトリックスを完全に洗い流すのに要する時間が必要以上に長い場合は、効率を向上させるために、洗浄溶媒の組成や流量を最適化する必要があります。
- 最高のパフォーマンスを得るには、バッファー濃度を2~10mM、酸濃度を0.1~0.5%に保つことをお勧めします。 ILSPカートリッジを移動相で初期条件に戻す際には、バッファーの沈殿を防ぐように注意する必要があります。
注記: 洗浄溶媒は緩衝作用がpH2~8の範囲内になるようにしてください。
図 3: ステップ2のバルブポジションとシステム構成
図 4: インラインサンプル前処理メソッド開発におけるイベントのタイミング例
ステップ 3: メソッドの更新 – 既存分析メソッドへILSPメソッドイベントを追加
この最終ステップでは、ステップ1および2で得られた情報を利用して、適切なタイムイベントを既存の分析メソッドに組み込みます。図4は、新しいイベントが一般的なHPLCグラジエントメソッドに挿入される位置の例を示します。 食品中農薬の既存分析法における、インラインサンプル前処理メソッド開発プロセスの例を表Iに示します。
表 I: 食品中農薬におけるReviveインラインサンプル前処理メソッド開発プロセスの例
元のクロマトグラフィーイベントテーブル: | ||
Time (min) |
%B Mobile Phase Composition |
|
0 |
5 |
|
2 |
60 |
|
4 |
75 |
|
6 |
100 |
|
7 |
100 |
|
7.01 |
5 |
|
9 |
Stop |
|
ILSPメソッド開発で決定された値: | ||
ステップ 1: | ||
ILSPから最後の分析種が溶出する時間 = 4.6 min | ||
最後に溶出した化合物が完全に移動するのを確実にするための追加時間 = 0.3 min | ||
バルブをILSP洗浄ポジションに切り替える時間(上記の合計) = 4.9 min | ||
ステップ 2: | ||
洗浄溶媒組成 = 2 mM ギ酸アンモニウム と 0.1% ギ酸を含むメタノール溶媒 | ||
洗浄溶媒の流量 = 1 mL/min | ||
モニター可能なマトリックス成分がILSPから溶出しきる時間 = 0.6 min | ||
トラップされたマトリックス成分が多い場合の変動を考慮するための追加時間 = 0.4 min | ||
ILSPカートリッジの合計洗浄時間 = 1.0 min | ||
注記: 洗浄溶媒の組成や流量の変更は不要 | ||
更新後のクロマトグラフィーイベントテーブル: | ||
Time (min) |
%B Mobile Phase Composition |
Event |
0 |
5 |
|
2 |
60 |
|
4 |
75 |
|
4.9 |
- |
バルブを切り替えてILSP洗浄ポジションへ(図4参照) |
4.92 |
- |
ILSP洗浄溶媒流量を1 mL/minで送液 (ポンプC) |
5.92 |
- |
ILSP洗浄溶媒のポンプをオフにして、溶媒を節約(ポンプC) |
6 |
100 |
|
7 |
100 |
この時点で、すべての化合物は分析カラムから溶出 |
7.01 |
5 |
カラムを平衡化するために、初期移動相条件に戻す |
7.05 |
- |
ILSPカートリッジを平衡化させるため、バルブを切り替えて |
9 |
Stop |
|
*バルブ切り替えによって分析中に生じる可能性のあるベースラインの乱れを回避するため、バルブ切り替えはこの時点まで待つことをお勧めします。
メンテナンスとトラブルシューティング
インラインサンプル前処理で生じるほとんどの問題は、マトリックスとメソッドに関する基本的な知識があれば回避または修正することができます。 まず最初のステップとして、抽出マトリックスブランクと抽出溶媒ブランクのプリカーサースキャンデータを比較して、マトリックス固有のイオンを特定する必要があります。 マトリックス固有のイオンが決定できれば、それらを分析メソッドに設定してSIMモードでモニターすることができます。このようにすると、パフォーマンスの問題をトラブルシュートする際に、残留性のマトリックス汚染物質の存在が問題なのかどうかを判断するのに使用できる診断材料となりえます。一般的なトラブルシューティングシナリオの解決策を表IIに示します。
このアプローチををインラインサンプル前処理メソッド開発に採用し、発生する可能性のある問題にどのように対処するかを認識することにより、既存のメソッドにILSPを追加しやすくなり、サンプルスループットを大幅に向上させることができます。
表 II: ILSPトラブルシューティングソリューション
症状 |
考えられる原因 |
対処方法 |
溶出の遅いピークがない |
カラムロードのイベント時間が正しくない |
カラムロードの時間を長くします |
ピークがない |
MRMウィンドウの設定が正しくない |
ILSPカートリッジを追加すると、保持時間がわずかに変化し、MRMウィンドウの更新が必要になる場合があります |
溶出が早い分析種のピークがブロード/歪んでいる |
ニードル洗浄溶媒ミスマッチ |
ニードル内洗浄に強溶媒を使用する場合は、バンドの広がりを防ぐために、必ず弱溶媒(初期移動相組成)で洗浄してください |
サンプル溶媒ミスマッチ |
バンドの広がりを防ぐために、主にアセトニトリルまたはメタノール溶媒に溶かしたサンプルは注入量を減らします |
|
ピークの歪み/ベースラインの乱れ |
ニードル内洗浄は、ピーク形状に影響を与える可能性のあるベースラインの乱れを引き起こすことがあります。 |
全ての分析種が分析カラムから溶出してから、ニードル内洗浄を開始します |
分析種の回収率が低い |
オートサンプラーでのマトリックスキャリーオーバー |
マトリックスを可溶化する溶媒でニードル内洗浄を最適化します |
ILSPカートリッジの洗浄不足 |
主要なマトリックス成分を完全に除去するために、洗浄溶媒を最適化します |
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溶媒ブランク注入のマトリックスピーク(モニター時) |
オートサンプラーでのマトリックスキャリーオーバー |
マトリックスを可溶化する溶媒でニードル内洗浄を最適化します |
ILSPカートリッジの洗浄不足 |
主要なマトリックス成分を完全に除去するために、洗浄溶媒を最適化します |