スプリット注入による水中グリコールの信頼性の高い分析
概要
スプリットレス注入を用いた水サンプル中の低濃度グリコール分析では、安定した結果を得るのが困難です。これは、主にバックフラッシュやピーク形状の異常、保持時間のずれといったことに起因します。ここで示すスプリット注入法では、これらの問題を回避し、良好なクロマトグラフィー結果を確実に得ることができます。耐久性試験では、Rtx-Waxカラムが600回の水注入後でも安定した結果を生成することを確認できました。
はじめに
水中のグリコール分析は、環境、食品安全、および化学実験室でおこなわれる一般的な試験です。水の凝固点を効果的に下げるため、 エチレングリコールとプロピレングリコールの両方が多くの産業で広く使用されています。しかし、両者には明らかな違いがあります。すなわち、摂取した場合にはエチレングリコールがわずか2~4オンス(57~113g)で生命にかかわるおそれがあるのに対し、プロピレングリコールは食品で一般的に使用されています。エチレングリコールはその毒性と暴露の可能性が広範囲にわたるため、信頼性の高い低濃度での定量が必要とされます。
グリコールへの暴露は、自動車の不凍液、航空機の除氷液、および水圧破砕液による水の環境汚染を通して起こり得ます。エチレングリコールは、1926年に初めて自動車不凍液に使用され[1]、依然として主要成分です。プロピレングリコールとエチレングリコールを使用する航空機除氷は、1950年代に一般的になりました。これらの化学物質は、塩が着陸装置の部品を腐食するため、塩の代替として滑走路でも使用されています[2]。水圧破砕は、グリコールへの著しい暴露をもたらし得る別の産業用途です。この技術では、加圧流体と砂もしくは他の固体(プロパント)をガス掘削に使用します。これにより、かつて不可能であると考えられていた場所からのガス採掘が可能になります。エチレングリコールとプロピレングリコールは水圧破砕液の一般的な成分であり、溶液の安定化と乳化の防止に重要な役割を果たします[3]。グリコール類や水圧破砕に使用される他の化合物による水質汚染の懸念から、現在アメリカ合衆国の14の州ではこれらの化学物質の開示が求められています。
エチレングリコールは水溶性が高いため、パージアンドトラップ法やヘッドスペース法では容易に濃縮されません。従って、スプリットレスによる水注入は、最もよく用いられる試料導入法です。しかしスプリットレス注入による水サンプル中のグリコール類の分析は難しく、バックフラッシュ、ピーク形状の異常および保持時間のずれにより安定した結果を得ることができない場合があります。サンプル気化量がライナー容量を超えると、バックフラッシュが発生します。蒸気はライナーから逆流し、その結果カラムへのサンプル移動が不十分になります。スプリットピークは別の原因によるものです。これはグリコールがカラム入口で狭いバンドにフォーカスされずに、カラムの内壁に分散した凝縮水に点在する場合に生じます。スプリットピークはポリジメチルポリシロキサン(PDMS)相のカラムを用いてスプリットレス注入をおこなう場合に最も顕著に現れます。このような問題は、エチレングリコール分析に必要な0.5~10 ppmの検出限界を妨げる可能性があります。
スプリット注入を用いた水サンプル中のグリコール分析はより良いアプローチです。カラムへの迅速かつ安定したサンプル移動が可能となり、カラムへ入る水の量を減らし、ピーク形状の問題だけでなく、バックフラッシュも最小限に抑えることができます。サンプル注入量を減らすことが低濃度分析の改善につながるというのはイメージしにくいかもしれませんが、ピーク形状と再現性を向上させることで低濃度でも信頼性の高い結果を得ることができます。固有の選択性を有し、高極性溶媒の注入に適しているポリエチレングリコール(PEG)カラムとスプリット注入法の組み合わせは、水中のグリコール類を分析する上で最良の方法です。ここでは、低濃度でも良好なクロマトグラフィー結果を安定して得られる分析条件を紹介します。更に、この分析で広く使用されているRtx-WaxカラムとStabilwaxカラムの耐久性能を比較し、どちらのPEGカラムが最も適しているかを確認しました。
実験
分離カラムと分析条件
水中のグリコール類を分析するにあたり、Rtx-Wax (cat.# 12455) と Stabilwax (cat.# 10655) の性能を下記の条件で比較しました。総合的な社内での条件検討を重ね、対称なピーク形状と安定した保持時間を確実に得られる条件を決定しました。さらに今回の実験では、ウール入りライナーを用いた1μl、50:1のスプリット注入により、注入口での問題が取り除かれ、バックフラッシュは低減し、再現性がよくなることが示されました。ウール入り内径4.0mmライナーの利用は良好な再現性を得るために重要でした。これは、ウールによりサンプルが迅速かつ完全に気化できるからです。カラムの耐久性を試験するにはより厳しい条件が必要です。この条件をスプリットレスに変更して水の注入に使用しました(サンプル注入には使用していません)。
カラムサイズ: | 30 m, 0.53 mm ID, 1.0 μm |
注入: | 1 μL, スプリット比 50:1 (オートサンプラ、高速注入) |
ライナー: | Premium 4.0 mm ID Precision inlet liner w/wool (cat.# 23305.1), 注)この製品の後継品は Topaz 4.0 mm ID Precision inlet liner w/wool (cat.# 23305)です。 |
注入口温度: | 250 °C |
オーブン温度: | 40 °C (hold 1.0 min) to 250 °C at 30 °C/min |
キャリヤーガス: | He, 4 psi (constant flow) |
線速度: | 40 cm/sec |
検出器: | FID @ 250 °C |
メークアップガス流量: | 45 mL/min |
メークアップガス種類: | N2 |
水素流量: | 40 mL/min |
エア流量: | 450 mL/min |
Data Rate: | 20 Hz |
直線性評価
エチレングリコールとプロピレングリコールの検量線用標準液は、混合グリコール標準液 (cat.# 30471) にメタノール:水(10:90)加えて調製しました。2-ブトキシエタノールを各溶液に最終濃度500 ppm(オンカラム量10 ppm)となるように添加し、内部標準としました。検量線範囲が0.5-100ngのオンカラム量となるようにスプリット注入法を用いて分析しました。最初に、未使用の新しいRtx-WaxおよびStabilwaxカラムを使用して検量線を確立し、初期の直線性を確認し、異なる濃度でのピーク形状を評価しました。カラムの劣化を確認するため、600回の水注入による耐久性試験後に再度検量線を作成し、検量線の直線性とピーク形状の確認をおこないました。
耐久性試験
3つの異なるロットのRtx-Waxカラムと2つの異なるロットのStabilwaxカラムについて、耐久性試験を実施し、どちらが水注入を繰り返しても耐久性に優れ、クロマトグラフィー性能を維持できるかを確認しました。実験では、水を10回(1 μLスプリットレス)注入した後に、50 μg/mLグリコール標準液(50:1スプリット注入、オンカラム量1 ng)を注入しました。水の注入はスプリットレスモードでおこなうことでカラムへの水の暴露を最大にし、より厳しい条件としました。標準液の注入は、グリコール分析において安定して良好なクロマトグラフィー性能を得ることが示された前述のスプリットモードでおこないました。ピーク対称性は、水注入10回ごとに評価し、ピーク対称性が0.50未満になるか、または水注入が600回に達するまで、同様の手順を繰り返しました。
耐久性試験に使用した標準液は、プロピレングリコールとエチレングリコールの混合グリコール標準液 (cat.# 30471) をメタノール:水(10:90)で50μg/mL(ppm)に希釈したものです。標準液やサンプルを10%メタノールで調製することで、プランジャーが動かなくなるのを防止できるため日常的な分析に推奨します。2-ブトキシエタノールは内部標準として各溶液に500ppm(オンカラム量10ppm)になるように添加しました。
結果と考察
ここでは、スプリット注入を水中のグリコール分析に用いました。これにより、ライナーからカラムへサンプルは迅速に移動し、カラム内で狭いサンプルバンドが形成され、ピーク形状と保持時間の安定性が改善されます。加えて、注入口内での水の量が減り、バックフラッシュの可能性を最小限にします。ここで使用した50:1のスプリット注入は、水の気化体積問題を効果的に防ぐことがきます。カラムへ導入されるサンプル量は大幅に減少しましたが、Rtx-Waxカラムでは、600回の水注入(Figure 1およびFigure 2)後であっても、プロピレングリコールとエチレングリコールの両方で十分な感度と直線性が達成されました。対照的にStabilwaxカラムでは、350回の注入後にプロピレングリコールのピーク対称性が0.5未満に低下したため、600回の水注入後に直線性を達成することはできませんでした。
Figure 1: Rtx-Waxカラムは、600回の水注入後でもプロピレングリコール(オンカラム量0.5-100 ng)において検
量線の直線性が得られました。
Figure 2: Rtx-Waxカラムは、600回の水注入後でもエチレングリコール(オンカラム量 0.5-100 ng)において検量
線の直線性が得られました。
グリコール分析のように高温で溶出する低濃度化合物を分析する場合、カラムブリードは常に潜在的な問題になります。プロピレングリコールとエチレングリコールは両方とも、沸点がそれぞれ188℃と197℃と比較的高く、適切な溶出にはGCオーブン温度を200℃以上にする必要があります。さらに、環境サンプルでよく見られる高分子量の汚染物質を溶出させるためには240℃までカラム温度を上げる必要があります。 このような温度におけるカラムブリードは、オンカラム量10 ng以下のグリコールの正確な分析を妨げる可能性があります。耐久性試験におけるベースラインの目視による確認では、Rtx-WaxおよびStabilwaxカラムの両方で非常にブリードが低いことを確認しました。
Rtx-WaxとStabiwaxの両方で低いカラムブリードが示されましたが、Rtx-Waxカラムの方が、水注入に対してはるかに高い耐久性を有していました。試験した3ロットのRtx-Waxカラムでは、水注入600回後でも、いずれの化合物もピーク形状と保持時間に変化はなく、優れた性能を示しました(Figure 3)。実際、耐久性試験後の最後に試験したRtx-Waxカラムは、1600回の水注入後でも良好な性能を発揮しました。対照的にStabilwaxカラムでは、水注入100回でピーク対称性が悪くなり始め、350回の注入後では著しく劣化し(Figure 4)、カラムトリミングが必要となるまで低下しました。Stabilwaxカラムは、多くの工業用化学薬品やその他のアプリケーションで安定した性能を実証していますが、水中のグリコール分析用ではRtx-Waxカラムほど堅牢ではありませんでした。Rtx-Waxカラムは、一貫して、複数のカラムロットと今回の検証において優れたピーク形状をもたらしました(Table I)。
水サンプル中のグリコールを分析するラボでは、Rtx-Waxカラムで示したスプリット注入法を用いることに加えて、キャリーオーバーを防止することでさらに結果を改善することができます。グリコール分析におけるキャリーオーバーは、シリンジ内のサンプル残渣が次のサンプルへ持ち越されることで生じる可能性があります。シリンジが分析の間で適切に洗浄されていない場合や、リンス溶媒として100%の水を使用すると、キャリーオーバーによる一貫性のない結果や、シリンジプランジャーの破損の可能性があります。各注入の間にシリンジをメタノール:水(50:50)で3~6回リンスすると、ほとんどのサンプル残渣はなくなり、キャリーオーバーの可能性を最小限に抑えることができます。
Figure 3: Rtx-Waxカラムのプロピレングリコールおよびエチレングリコールのピーク形状と保持時間は、600
回の水注入後でも変わりません(ピークリストと分析条件を含む完全版はPDFでダウンロード可)。
Figure 4: Stabilwaxカラムは350回の水注入後、グリコールのピーク対称性が著しく低下します(ピークリストと分析条件を含む完全版はPDFでダウンロード可)。
Table I: Rtx-Waxカラムは、600回の水注入後でもカラムメンテナンスせずに対称的なピークをもたらします。
Average Peak Symmetry at 1 ng On-Column (Rtx-Wax, n = 3) | |||
---|---|---|---|
# of Water Injections | IS | Propylene Glycol | Ethylene Glycol |
100 | 0.97 | 0.96 | 0.99 |
200 | 0.98 | 0.95 | 0.98 |
300 | 0.98 | 0.95 | 0.99 |
400 | 0.96 | 0.95 | 0.99 |
500 | 0.97 | 0.94 | 1.00 |
600 | 0.97 | 0.92 | 0.99 |
%RSD | 0.5% | 1.2% | 0.7% |
まとめ
スプリット注入による水サンプル中のグリコール分析では、従来のスプリットレス注入に比べていくつかの利点が得られます。つまり、バックフラッシュの可能性を最小限に抑え、ピークテーリングと保持時間のずれによる問題を防止できます。Rtx-Waxカラムで示したスプリット注入法では、600回の水注入後でも、非常に安定したクロマトグラムが得られます。スプリット注入ではカラムに入る水が少なく、迅速で一貫性のあるサンプル移動がおこなわれるため、良好なピーク形状と保持時間の安定性が実現され、水中グリコールの低濃度分析の再現性を向上させます。
参考文献
- J.D. Laukkonen, The history of antifreeze, Crankshift, March 1, 2017. http://www.crankshift.com/history-of-antifreeze/
- S. Ritter, What’s that stuff?, C&EN, January 1st, 2001. https://pubs.acs.org/cen/whatstuff/stuff/7901scit5.html
- FracFocus, Chemical disclosure registry, what chemicals are used. https://fracfocus.org/chemical-use/what-chemicals-are-used